2010年04月02日

高速道路の上限設定にあたり

確かに日本の高速道路料金は高すぎると思う。しかしそれが前提となって定着し、経済や生活が回っていたのだから、今さらそれを覆し、大幅値下げするのが本当に良いのだろうか。

鉄道やフェリーなどの公共交通機関への影響についても、色々な意見がある。瀬戸大橋ができた時点で宇高フェリーなど並行するフェリーの役割は終わっていた、そのために高い金と技術をつぎ込んで橋を作ったのではないのか、と言われると、それも正論かな、という気もする。情緒的には残って欲しいと思う。しかし、瀬戸大橋ができる前は大体は宇高連絡船で四国へ渡っていた私自身、あの橋が出来てから、瀬戸内海を船で渡った記憶がない。今回の廃止騒ぎで、そうか、それなら次回は一度乗ってみようかと思ったのだが、この廃止騒ぎの報道が無ければもう一生乗らなかったかもしれない。

何はともあれ、ひとまず、一部区間の無料化と、上限料金の設定ということで、民主党の公約であった高速無料化が実施されるようだ。けれども私は、上限料金の設定には大きな疑問を感じている。

せっかく遠くへ行くほど高いという原則が確立されているのに、これでは長距離の移動ほど自動車への移行を促すではないか。自動車は確かに長距離移動にも便利な乗り物ではあるが、私はむしろ逆にすべきだと思う。自分自身の運転経験から考えても、長距離の運転は疲れるし、結構しんどい。眠くもなる。長距離移動は公共交通機関で行い、可能なら行った先でレンタカーを借りればその方が楽だ。そして、自動車をそういう形を中心に利用することは、当然ながら環境への負荷という面でもより優れている。それが、一人や二人でのドライブでも飛行機や鉄道より安くなったからといって、長距離移動を車へと移行させるのは、二酸化炭素排出量と交通事故の両方を増加させるような気がしてならない。

車は便利である。大都市を除けば、日常生活圏での移動に、所要時間の面でも快適さの面でも、車に敵うものはない。今さら車の便利さを否定しても仕方ない。大都市圏以外では、通勤にしても、「徒歩+バス+鉄道+徒歩」と「車でのドアツードア」を比べると、所要時間でも交通費でも、後者が前者の半分ぐらいで済んだりすることが珍しくない。もちろん、車そのものの購入費用や車検や保険などの維持費を除いての話である。しかし、地方では車を持っているのは、もう当然のことなのだ。毎日使わない人でも、何かの時に無いと不便だから、やはり持っている。だから、今さら車に乗るなと言っても相手にされない。車がある前提で言えば、車で行った方が安くて速くて楽なのである。自家用車の保有は、文明発展のたまものであり、必然的帰結の一つである。

だからこそ、国民の生活水準を落とさずに、車の便利さを享受しつつ、交通弱者のために必要な公共交通機関を守り、環境悪化を防ぐという発想で考えたい。そうすると、果たして現在の方向が正しいだろうか。

もし私が独裁政治家で、自分が自由に決められるのならば、こうしたい。今の高速料金は確かに高すぎるので、全体的に値下げはする。しかし、距離に比例する料金体系は堅持する。そして、空港や駅、高速バスターミナルなどにおけるパーク・アンド・ライド施設を充実させ、できるならば、高速料金値下げに使おうとしているお金は、駐車料金の値下げに使う。そして、長距離移動における公共交通機関の利用を促進する。事業者には、新幹線や高速バスなどで利益がしっかり出るようにしてあげる。そしてしっかり利益を出している事業者には、高校生や高齢者などの交通弱者が最低限必要な地方のローカル輸送も合わせて維持していただく。

しかし、現在発表されているような政策を実行すれば、運転手一人しか乗っていない乗用車やトラックが今以上に長距離を走りまわることになり、それによって排気ガスも交通事故も増加し、他方でフェリーや鉄道・バスのローカル線の廃止が加速度的に進行するような気がしてならない。
posted by 東西高低 at 03:59| Comment(4) | TrackBack(0) | 道路交通 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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